鹿児島地方裁判所 昭和55年(行ウ)5号 判決 1981年4月24日
原告 富加見用一 外二名
被告 高山町 外一名
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告有留愛次郎は、被告高山町に対し、金七五二万一六九六円および内金七二七万〇七七六円に対しては昭和五四年七月一日から、内金二五万〇九二〇円に対しては昭和五五年五月九日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告高山町は、原告三名に対し、金七五万円およびこれに対する本判決言渡日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告三名は、いずれも肩書地に居住する被告高山町(以下「高山町」という)の住民であり、被告有留は、昭和五四年五月一〇日以来高山町の町長の職にある者である。
2 高山町は、他の鹿児島県内の町村と共に、町村の常勤の職員の退職手当の支給に関する事務を共同処理するため、地方自治法二八四条の規定により、一部事務組合として鹿児島県町村職員退職手当組合(以下「退職手当組合」という)を設立し、同組合に加入している。
3 退職手当組合の組合規約三条二項は、「退職手当の支給に関しては、別に条例で定める。」と規定しており、この規定に基づき定められた同組合の条例である「一般職の職員の退職手当に関する条例」(以下「退職手当条例」という。)の四条一項三号には「その者の非違によることなく勧しようを受けて退職した場合」の退職手当の額は普通退職の場合の退職手当の額に一〇〇分の一八〇を乗じた額とする旨の規定があり、さらに同組合の組合規約一三条に基づく「鹿児島県町村職員退職手当組合負担金条例」には組合町村は右退職手当の額を負担金として負担しなければならない旨の規定がある。
4 被告有留は、昭和五四年五月二五日高山町教育委員会管理課長の職を辞し、翌二六日高山町収入役に任命された訴外高城重実(以下「訴外高城」という。)の退職につき、退職手当組合に対し退職手当条例四条一項三号の退職に該当するとして報告書を提出したことにより退職手当組合が右訴外人に対し普通退職の場合の一〇〇分の八〇の割増の退職手当を支払うとともに被告有留は退職手当組合に対し右割増分の負担金(特別負担金)として、高山町の公金から、昭和五四年七月一日金七二七万〇七七六円、昭和五五年五月九日金二五万〇九二〇円、合計金七五二万一六九六円(以下「本件特別負担金」という)を支払つた。
5 然し乍ら、被告有留の右公金の支出は違法であり、被告有留は、右支出により、高山町に対し、本件特別負担金相当額である金七五二万一六九六円の損害を与えたので、これを賠償する責任がある。
(一) 退職条例四条一項三号所定の「勧しようを受けて退職した場合」に割増の退職手当を支給する制度の目的は、定年制のない地方公務員につき高齢の職員の退職により人事の刷新を図つて行政能率の維持向上を図りまた人件費の不当な増大を抑制することにあり、任命権者の退職の働きかけによる退職のうち右目的に出たもののみが右規定に該当すると解すべきである。
(二) 訴外高城は、退職当時未だ五三歳であつて高齢ではなく、被告有留の同訴外人に対する退職勧告とは専ら被告高山町の収入役に就任することを要請するものであり、若年ではあるが有能な一般職員を収入役に抜擢する場合が右勧奨退職に該当しないことは明らかである。
(三) 被告高山町における勧奨退職者の基準等につき、町長は高山町職員組合との合議の上、制定された町長の告示である「高山町職員勧奨退職実施要綱」(以下「勧奨退職要綱」という。)によれば、右退職勧奨の対象者は退職時五八歳以上の者であり、かつ勧奨退職申出書が退職発令の一年前までに提出されていることを要する旨定められていた。右基準による限り訴外高城を勧奨退職者として取扱うことが不可能であるところから、被告有留は、訴外高城が退職した日の二日前である昭和五四年五月二三日「高山町職員勧奨退職実施要綱の特例措置に関する要綱」(以下「特例措置要綱」という。)を告示施行し、同要綱においては専ら訴外高城を勧奨退職として取扱うことを目的として「高山町一般職の職員が引き続き同町特別職の職員に就任した場合、退職勤しよう対象者として受ける見込であつた退職金の額と特別職の職員に就任して受ける見込の経済的収入とを比較して、不利益がいちぢるしい場合は、勧奨退職要綱の規定にかかわらず勧奨退職者と見做し、退職条例四条一項の規定を適用することができる。」旨定め、右告示によつて訴外高城を勧奨退職者としたものである。従つて右要綱はその制定過程においてもまた前記勧奨退職制度の目的に適合する範囲内においてのみ町長に与えられている権限を越えた内容である点においても重大かつ明白な瑕疵があり無効である。
(四) 仮に特例措置要綱が有効だとしても、同要綱を適用して訴外高城の退職を勧奨退職に該当するとした被告有留の行為は、前記のとおりその恣意独断によるものであり、かつ平等原則に違反し著しく公平妥当性を欠くので、裁量権の濫用に該当し、違法無効である。
6 よつて原告らは被告有留に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に則り、高山町に代位して、右損害金七五二万一六九六円および内金七二七万〇七七六円に対しては昭和五四年七月一日から、内金二五万〇九二〇円に対しては昭和五五年五月九日から各支払済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を高山町に支払うことを求める。
7 本件提訴にあたつて、原告三名は原告訴訟代理人に対し、七五〇万円の経済的利益に対する報酬として同代理人に対し金七五万円を支払うべきことを約した。
よつて、原告らは、地方自治法第二四二条の二第七項に基づき、高山町に対し金七五万円およびこれに対する判決言渡の日の翌日から支払い済みに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし4項の各事実は認める。
2 同5項の主張は争う。すなわち、
(一) 右条例に定める勧奨退職制度の目的は、若年層には労働意欲を高めさせ、職員全体としても老齢化による能力の低下を防ぎ、併せて人件費の不相当な増大をおさえ、要するに人事の刷新を図つて行政能率の維持向上につとめ、能率的で経済的な行政を実現することにあり、その方法として、普通退職に比して有利な割増退職手当を支給するのは、法律上身分の保障された職員に対して、単に退職勧奨を行うだけでは、退職の意思を生ぜしめることは極めて困難であり、その意思を生ぜしめるための手段として行われているにすぎないものであるから、高齢職員に対してのみ行われなければならないものではなく、例えば、職員の定数を削減するために、年齢如何に拘らず、一定数の職員に対して退職を勧奨すること、特定の職員の勤務成績が良好ではないが、さりとて、分限免職事由(地方公務員法二八条一項一号)に該当する程度ではない場合にその者に対し退職勧奨をすることも許されるのであつて、結局「勧奨」とは、退職する意思を有しない職員に対して、任命権者が退職を勧誘し、その意思を生ぜしめる事実上の行為を意味するものと解すべきであり、退職後民間に就職するか、公職に就任するかは関係のないものである。
(二) 訴外高城は、もともと退職の意思のなかつた者であるが、被告有留の収入役就任の為の一般職を退職するようにとの働きかけに応じて、退職を決意したものであるから、前記条例に所謂「勧奨を受けて退職した場合」に該当するものであることは、明白である。
(三) 退職手当組合は、退職手当条例に定める割増退職手当を支給すべき「勧しようを受けて退職した場合」にいう「勧しよう」の要件、定義等については、右条例にも規則等にも何らの規定を設けておらず、勧奨を行うか否かは任命権者である町村長の裁量に任せており、勧奨退職要綱及び特例措置要綱は町長の任命権の事実上の行為たる勧奨の基準を定めるものであり、右各要綱の制定は、広義における法規定立行為であつて、町長の権限に属するものであるから、法律や条例に違反しない限り有効である。
仮に特例措置要綱が違法無効であるとしても、勧奨退職要綱二条二項は「四月一日現在、年令五〇才以上で在職期間が二〇年を超え、自ら退職を希望する者」については、町長は退職を勧奨するものとすることを規定しており、訴外高城は退職当時年齢五三才七ケ月で、高山町一般職員としての在職年数は二六年七ケ月に達していた者で右要件に該当しているので、同訴外人を勧奨退職として取扱つた被告有留の行為に違法性はない。
3 同6項の主張は争う。
4 同7項の事実中、前段の事実は不知、後段の主張は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 争いのない事実
請求原因1項(当事者の地位身分)、2項(高山町が一部事務組合である退職手当組合に加入していること)、3項(退職手当組合の勧奨退職についての退職手当条例及び負担金条例の各規定)、4項(被告有留は訴外高城を勧奨退職者として取扱い、退職手当組合に対し退職負担金を支出したこと)の各事実は、当事者間に争いはない。
二 被告有留の行為の違法性について
1 成立に争いない甲第五号証、乙第二号証、第一三号証及び証人内田正の証言によれば、退職手当条例四条一項三号は、勧奨退職手当を支給すべき場合として「その者の非違によることなく勧しようを受けて退職した場合」と定めているが、右「勧しよう」の意義条件等を定める規定は右条例その他退職手当組合の規則等には一切存在せず、文理上は制限的に解すべき根拠がないばかりでなく退職手当組合においてはこれまで五〇才以下二四才位の者にまで右規定を適用した事例が相当数あり、また一般職員が退職して当該市町村の特別職に就任した本件と同様の事例が昭和三七年から昭和五五年までに二七例あることからみても右規定は原告らの主張するように定年制に代替する制度として職員構成の老齢化を防ぎ新陳代謝を図る目的のみを有するものとは解されず、右退職の「勧しよう」とは、任命権者が人事の都合から退職する意思のない職員に退職を勧誘して退職の意思を生じさせることをいうものと解するのが相当である。
2 任命権者の行う退職勧奨は、右のとおりその人事権に基く事実上の行為であつて、本来任命権者の自由裁量に属する行為である。高山町においては、退職勧奨をなしうる基準、要件を定めたものとしては勧奨退職要綱及び特例措置要綱以外にはない。
そして右各要綱はいずれも、勧奨退職の基準、要件を定めているものであるから、広義における法規たる性質を有するものであるが、町長が条例等に抵触しない限り自由に定めうる告示に該当する。したがつて、任命権者である被告有留が特例措置要綱を告示施行することは、その裁量に任されているところであり、右要綱には何ら違法性はない。
3 さらに原告らは、特例措置要綱を適用して訴外高城の退職を勧奨退職として取扱つた被告有留の行為は裁量権の濫用に該当すると主張するが、前記認定のとおり勧奨退職の目的が原告ら主張の範囲に限定されないのであるから、同被告の右行為の動機目的に特に不当なものがあるとは認められないうえ退職手当組合加入の多数の市町村においても当該市町村の特別職に就任させるために一般職員に退職を勧めた場合に観奨退職として取扱われた本件と同様の事例も多数あるのであるから、被告有留の右行為が裁量権の濫用に該当するとは認められない。
4 以上説示のとおり被告有留が訴外高城を勧奨退職者として取扱い、退職手当組合に対し高山町の公金から右勧奨退職に係る特別負担金を支払つた行為には違法性はなく、被告有留に損害賠償の責任はない。
三 結論
よつて原告らの本訴請求はその余の判断をするまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 猪瀬俊雄 太田幸夫 小林秀和)